
なんとなく早起きしてしまい、海を見に行った。最近はよく、時間があるときにふと思い立って海を眺めに行く。今のところに住んで10年になるが、ほとんど見に来たことはなかった。最近になって自転車を5分だけ漕いで海に行けるルートを発見し、せっかく近くにいるのに勿体ないと思って通っている。泳げないのでただ眺めるだけだが、サンダルを履いて波打ち際で足だけ海を浴びたりもしてみた。波が来た時足元だけ見ていると、視界が波で埋め尽くされ、流れる方向に身体が持っていかれる錯覚に陥りそうになる。それで倒れたり尻餅をついたりしたことはないが、足元だけでも砂の処理が面倒だったので当分入らないことにした。
今朝は気温が低くて気持ちが良く、風が出ていて波も大きかったので、写真にも写っているように多くのサーファーが海に出ていた。波に乗っている様子を観察していると、いい波が来た時に横に一定間隔でサーファーが並んで一斉に乗り始めるのがちょっと面白かった。それに乗らずやり過ごそうとするサーファーを、乗っているサーファーが綺麗に避けていく様は見事なものだった。
海に行ったのが5時半ごろで、そこで30分ほど海とサーファーを眺めてから、海沿いを自転車で少し走った。この時間になると人が一気に増えてきた。同じようにサーフィンをしに来た人、ランニング・ウォーキングをしに来た人、犬の散歩をしに来た人、自分のように海を眺めているだけの人や、海沿いに自転車を走らせている人もいた。この海が日常になっているそんな人達を見ていて、自分もその内の一人になっていると気付くと同時に、地元にいた時よりも海までの距離が近いことに不思議な感覚を覚えた。
地元が離島であることを人に話すと、夏はよく海に行ったのかということを頻繁に聞かれるが、佐渡島は大きく海から離れた場所に実家がある上に、カナヅチかつインドアでわざわざ海まで時間をかけていく理由がなかった自分にとって、海は身近なものではなかった。夏の晴れた日の真野湾が非常にきれいな色をしていると知ったのもここ数年のことだ。地元の素晴らしさは、身近で日常だからこそ気付きづらいことがあるとは聞くが、このように身近でも日常でもないので気付いてなかったパターンもある。だって佐渡デカいんだよ。二ツ亀とか観に行ったことないよ、島の端だぞ端。そも島一つを地元と一括りにするのが良くないのでは?海辺・平野・山岳と居住環境が分かれ、それぞれの中でも複数の異なる集落があって文化も異なる。島全体の文化として有名(?)な鬼太鼓も地域ごとで全くやり方が変わってくる。他所の地域の鬼太鼓聴いてるとリズムパターンが全く分からない。何拍子だよこれ。こんな感じで、実家の他所の地域の文化が全然分からなかったりするので、同じ島出身の人と会っても話が噛み合わない可能性がデカい。そもそも上京してから殆ど会ったことがない。俺はレアだぜ。
話を戻す。自転車を適当に転がして、ふと自分がどの辺にいるのかと思ってGoogleマップを開くと、あと少し漕いだら水族館が見えてくる位置にいた。この水族館は何度か足を運んでいるが、毎回電車で向かっていたので少し損をした気分になった。今度行くときは自転車で行こう。夏はクソ暑いけど、海辺なら多少はマシだろう。その時は砂浜にも入って、波を喰らってしゃぐのもいいだろう。足を洗える場所を探した上で。










